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1986年ダービー馬ダイナガリバーが死亡

2012年05月06日 21時56分

1986年のダービー馬ダイナガリバー(牡、父ノーザンテースト)が4月26日朝、繋養先だった苫小牧市のノーザンホースパークで疝痛のため29歳で死亡した。
同馬は85年デビュー。2戦目で初勝利を挙げると3連勝で86年のG3共同通信杯4歳Sを制し、重賞初制覇を飾った。続くG1皐月賞は10着に敗れたものの、G1ダービーに優勝。社台ファームに初のダービー制覇をもたらすとともに、大種牡馬ノーザンテースト産駒唯一のダービー馬となった。同年暮れのG1有馬記念も制覇してJRA年度代表馬&最優秀4歳(現3歳)牡馬のダブルタイトルを獲得。通算13戦5勝の成績を残した。同期にはニッポーテイオー、ダイナコスモス、メジロデュレン、フレッシュボイスなどがいる。
現役引退後の88年に新ひだか町のレックススタッドで種牡馬入り。種牡馬としてはファイトガリバー(G1桜花賞)、インターライナー(G2日経賞)、ナリタタイセイ(G2NHK杯)、ゴーイングスズカ(G2目黒記念)、テスコガリバー(阪神障害S・春)といった重賞勝ち馬を、母の父としては交流重賞で活躍したメイショウバトラーを送り出した。
2001年シーズンを最後に種牡馬を引退。その後は、同パークで功労馬として余生を送っていた。額から鼻下まで伸びる大流星がトレードマークでファンが多く、昨年のダービーデーには札幌競馬場のイベントに登場。現役時代と変わらぬ若々しい表情で来場したファンに愛嬌を振りまいていた姿は記憶に新しい。
社台ファームの吉田照哉代表は「社台グループに初めてのダービーの栄冠をもたらしてくれた馬で、ダービーを勝ったときには父の善哉が涙を流して喜んでいたことを思い出します。ノーザンテーストの産駒でダービーと有馬記念を勝利してくれた、本当に素晴らしい馬でした」とコメント。同パークは「社台グループ初のダービー馬として多くの方々に愛され続けてきたダイナガリバーへのご厚誼に深謝いたします」と愛馬の冥福を祈っていた。

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