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名門カントリー牧場が閉鎖、半世紀の歴史に幕

2012年04月08日 20時05分

牝馬として64年ぶりにダービーを制した歴史的名牝ウオッカなど4頭のダービー馬を送り出した、新ひだか町の名門牧場であるカントリー牧場が、3月をもって閉鎖した。
同牧場は1963年、京都の実業家である谷水信夫氏が創業。2世代目の生産馬マーチスが68年の皐月賞を、タニノハローモアが同年のダービーを制する快挙を成し遂げた。70年にはタニノムーティエが皐月賞、ダービーの2冠を達成。半弟のタニノチカラは73年の天皇賞・秋、74年の有馬記念に優勝するなど、短期間で続々と活躍馬を輩出した。
その後、しばらく低迷が続いたが、2代目オーナーの雄三氏のもと、繁殖用に新たな土地を購入する一方で、創業の地の一部をJBBA日本軽種馬協会に売却するなどの改革に着手。その努力が実り2000年代に入ると、02年のダービー馬タニノギムレット、07年のダービー、08年の天皇賞・秋、09年のジャパンCなどG17勝を挙げたウオッカ、10年の菊花賞馬ビッグウィークといったG1ホースを送り出した。
生産育成を一貫して行うオーナーブリーダーとしてダービー4勝を含めG1(級)17勝を記録。長きに渡り日本競馬界に貢献してきたが、高齢のオーナーの健康状態、後継者不在などから約半世紀の歴史に幕を下ろすことになった。
繁殖部門の土地や1歳馬、繁殖牝馬などは隣接する岡田スタッドへ、育成部門は千代田牧場へそれぞれ売却。すでに地元の軽種馬生産振興会からは退会した。牧場経営からは撤退するが、馬主事業は継続するという。
軽種馬生産界を取り巻く環境は厳しく、国内の軽種馬の生産頭数もピークだった92年の1万2874頭から11年には7085頭まで減少。最盛期には2000名いたHBA日高軽種馬農協の組合員数も現在は850名にまで半減している。昨年はメジロ牧場、今年1月にはオンワード牧場と、オーナーブリーダーが次々と閉鎖。スタリオン施設も04年に静内スタリオンステーションが、07年にはJBBA日本軽種馬協会下総種馬場と社台スタリオンステーション荻伏が、10年にはJBBA那須種馬場、HBA門別種馬場が閉場しており、馬産地の再編が急速に進んでいる。

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