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パークリージェント死亡

2007年03月15日 14時53分

1994年、2000年と2度NARチャンピオンサイアーに輝いた名種牡馬パークリージェント(牡26歳、父ヴァイスリージェント)が3月8日夜、繋養先である新ひだか町のレックススタッドで老衰のため死亡した。
同馬の競走成績は、G2カップ&ソーサーSなど加29戦9勝。1987年に1億4000万円(1株280万円×50口)のシンジケートが結成され、静内スタリオンステーションで種牡馬入り。レックススタッドには開場後の90年から繋養されていた。
90年の初産駒デビュー時は成績が振るわず、海外への売却話が進められもしたが、翌年には活躍馬を続出させ、評価が一変。91年には当時としては異例の101頭の種付けをこなした。その後も根強い人気を保ち、01年の20歳時には159頭もの種付頭数を記録。タフネスぶりを発揮した。しかし、高齢を理由に05年シーズンを最後に種牡馬を引退。同スタッドで功労馬として余生を送っていた。
主な産駒にリージェントブラフ(G1川崎記念)、アサカリジェント(G2弥生賞)、ロングタイトル(G2神戸新聞杯)、アインアイン(G2東京盃)など。母の父としてはタカラアジュディ(G2名古屋優駿)、ジーナフォンテン(G2エンプレス杯)、ビーナスライン(G3函館スプリントS)、ホワイトカーニバル(G3フェアリーS)などを送り出している。
事務局(株)レックスの前田暁常務は「同スタッドを創成期から支えてくれた最大の功労馬。体力は落ちていたが目に力があったので、しばらくは大丈夫と思ったのですが……。安らかに眠ってほしいです」と肩を落としていた。同馬の遺骨は同スタッド向かいの桜舞馬公園へ納められ、4月には功績を称え墓石も建立されるという。

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